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友人その3

ダニエルはたくさんの色んな書類にサインをさせられて、気がつくと会社が出来ていました。アクビが出るほど退屈だった生活が一遍してとても忙しくなりそしてアッと言う間にトラックの椅子を造る会社の社長になっていたのです。日本に研修に行ったり、小さな会社だったので何から何まで自分でやらなければならず毎日遅くまで働きました。分からないことばかりで大変だったそうです。そして日本の会社と付き合う内に考え方の違いや習慣など慣れないこともたくさんありましたが彼の持ち前の素直さですぐに適応して会社は順調に動き始めたのです。それから僕の知らない色んな苦労や楽しい事もあったようですが、子供達が大きくなって皆サンフランシスコの大学に通わせました。彼の知り合いが住んでいたようです。その時の面白い話。ダニエルさんはSFに到着して、すぐに知り合いに電話をしたそうですが、何とも迷惑がられて中々会ってくれなかったそうです。ジャカルタに居た時は貧民街に住んでいたので会ってもロクなことはないと思われたのではと思い、すぐに自分達の滞在先のホテル教えたところビックリして、駆けつけてくれたというのです。そのホテルはサンフランシスコで大統領などが利用する最高級のセントフランシスホテルだったのでした。インドネシアは蒸し暑いところなので涼しくて空気の良いサンフランシスコの気候が大好きでダニエルさんは何かと時間を作っては子供達に会いにやってきました。しかも仕事のストレスで顔に吹き出物が出来たりしていたのがゴルフをやると治ったのです、一石二鳥とはこのことです。そんな時に僕と知り合ったワケです、マスマスサンフランシスコに来る楽しみが出来て頻繁に訪れるようになりました。それから橋の下をたくさんの水が流れて行きましたが子供達も大学を卒業してインドネシアに帰ります、インドネシアを金融恐慌が襲いました。サンフランシスコの家を売らなければならなくなりました。脳卒中に掛かってしまいました。リハビリ生活に入り、会社は長男に譲りました。今は時折ゴールドコーストの別荘で身体を癒しながら、孫達に囲まれての第二の人生に入っています。今から4年前にジャカルタで長男の結婚式がありそれに呼ばれて会ったのが最後です。その時の滞在では彼の友達を紹介してもらいましたが皆、日本の会社との付き合いがあり日本人が好きでした。ただ、僕が日本人というだけで随分と丁重な持成しを受けました。その結婚式には何と3000人が招待されましたが、そこでも面白い人達と会う事が出来ました、ダニエルさんと会えて本当に良かったと思います。また、何時の日か彼と一緒にゴルフをやって酒でも飲みたいです。

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